大阪家庭裁判所 昭和40年(家)5537号 審判 1965年12月13日
申立人 野中吾郎(仮名)
事件本人 山本則男(仮名)
主文
申立人を事件本人の親権者に指定する。
理由
一、本件申立の趣旨および実情は、
事件本人は申立人と山本ルリ(以下ルリという)とのあいだに出生した非嫡出子である。しかして、ルリは昭和四〇年四月一八日死亡した。そこで、申立人は昭和四〇年五月二九日事件本人を認知し、いらい、事件本人を引取つて、監護、教育にあたつているものである。以上の次第であるが、申立人は、もはや、ルリと親権者の定めについて協議することができないので、申立人を事件本人の親権者に指定する旨の審別を求めるため本件申立におよんだ。
というのである。
二、しかして、本件調査の結果によれば、次の事実が認められる。すなわち、
(い) 申立人は焼もく加工業を営んできているものであり、妻たき(大正七年六月四日生)およびその間の四子の家族と共に生活しているものである。
(ろ) しかるところ、申立人は昭和三〇年ころから、その経営する工場に勤務していたルリと婚姻外の関係をつづけてきていたのであつた。しかして、ルリは、その結果、申立人の胤を宿し、昭和三四年一一月一六日事件本人を分娩し、同三四年一一月二八日大阪市浪速区長にあて、自己の嫡出でない子として出生届をしたのであつた。
(は) しかるに、ルリは、その後、腎臓炎を病み、昭和四〇年三月初め入院し、同四〇年四月一八日死亡してしまつたのであつた。しかして、申立人は、ルリの入院の約二箇月前から、事件本人を引取つていたのであつたが、ルリの死亡後である昭和四〇年五月二九日大阪市大正区長にあて、その認知届出をしたのであつた。かかる次第であるところ、申立人は事件本人を引取つていらい、妻たきの諒解、協力のもとに、他の実子と同様に、適切な監護、教育をしてきているものであるが、将来も、これをつづけ得ることを誓い、また、確信し、未だ、後見人が選任せられていない関係もあり、事件本人の親権者に父である自己を指定して貰いたいとして本件申立におよんだものである。
このように認めることができる。
三、(い) ところで、本件の場合のように、単独親権者であつた母がすでに死亡した後、未だ、後見人が選任されていない間に、非嫡出子を認知した父から、親権者指定の申立ができるか、どうかについては、民法第八一九条第四項、第五項には、父が認知した子に対する親権は、父母の協議で父を親権者と定めたときに限り、父がこれを行なう、その協議が調わないとき、または協議をすることができないときは、家庭裁判所は、父または母の請求によつて、協議に代わる審判をすることができると定められており、その立言の仕方からすれば、協議主体の一方である母が死亡した後は、協議の余地はなく、その父が希望するならば、後見人に選任されるのが相当であると、消極に解する考え方が有力に唱えられていて、一つの問題とされているわけである。
(ろ) しかしながら、いわゆる未成年者後見は、親権の延長である性格を与えられていると解されるのが一般であり、殊に、新法のもとにおいては、旧法に比較し、その間の差が縮少されるに至つているにしても、元来、後見と親権は、法律上、別個の制度であろうこと、しかして、子の父としては、後見人としてより親権者として、その子を監護、教育してゆきたいという感情を抱くのが当然であり、なお、民法第八一八条、第八一九条を通じてその規定の趣旨を検討するときは、かかる感情も、自然の情理にかなうものとして、法律上も、尊重されてしかるべきであると考えられること、父が認知したところの子の母が行方不明であるときには、民法第八一九条第五項にいう、父母が協議をすることができない場合の一つに該当するとして、その処理が図られるのが一般であると解されるが、かかる場合と、その母がすでに死亡していた場合とを竣別すべき合理的な根拠はとぼしいと考えられること等を、彼此、併せて、推論すると、上記の問題、すなわち、単独親権者であつた母がすでに死亡した後、非嫡出子を認知した父から、親権者指定の申立があつたときは、家庭裁判所としては、上記の法条にいう、父母が協議をすることができない場合の一つに該当すると類推解釈して、未だ、後見人が選任されていない間であるか、どうか、さらには、その父が子の親権者として適当であるか、どうかを審理し、これらの要件を充足しているものと認められるならば、その申立を許容して、親権者指定の審判をし得るものと、積極に解するのが、より妥当であると判断されるところである。
四、以上述べたような次第であるが、これを要するに、本件の場合にあつては、申立人は事件本人を引取つていらい妻たきの諒解、協力のもとに、適切な監護、教育をしてきており、しかも、将来も、これをつづけ得ることを誓いまた確信しているものであると認められるのであるし、なお、その他の要件も充足していることも認められるのであるからして、結局、事件本人の親権者に申立人を指定するのは相当であると考えられるところである。よつて、申立人の本件申立はこれを認容することにし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 中島誠二)